人気のNHK大河ドラマ「真田丸」の舞台のひとつ、群馬県北部の沼田市周辺。ドラマは、主人公の信繁(幸村)と兄の信幸(信之)、兄弟の父、昌幸らの家族の絆と、秀吉や家康ら権謀術数渦巻く戦国武将との駆け引きを描く。乱世を生き抜くヒーロー・真田のイメージと正反対の事実があるのをご存じだろうか。

江戸時代に入り、信幸の孫、5代沼田城主の信利(1635~88年)の治世。重い年貢に領民が苦しめられたという真田家のダークサイドである。

上毛かるたに「天下の義人茂左衛門」とうたわれる杉木茂左衛門は、信利の悪政を5代将軍綱吉に直訴しようとして処刑された。しかし、後に沼田藩は幕府から改易処分を受け、悪政にピリオドが打たれる。

みなかみ町月夜野にある茂左衛門地蔵尊千日堂は、信利の悪行を伝える絵物語が飾られる。そこで目を引くのが、今も県北部に散見される「水牢」を使う拷問だ。

「上州の史話と伝説」(昭和49年刊)によると、「真田伊賀守(信利)のころ、吾妻町川戸の久兵衛は年貢米が納められず、水牢に入れられ、ついに死んだ。供養の地蔵はどこに向けても必ず近くの無慈悲な牢役人宅に向き、その役人はたたりで死んでしまった(概略)」という。

水牢は約10メートル四方の穴を石垣などで囲い、60~70センチほどの水を張って年貢を納めない者の家族を押し込めた。冬場、長時間立つのはつらく、苦しむ家族の姿に耐えられず、田畑を売って年貢を納めたという。

国道145号(日本ロマンチック街道)沿い、のどかな田畑の中に中之条町指定史跡「桃瀬の水牢」がある。草に覆われ、古池のようにしか見えないが、当時の姿を今に伝える唯一のものだ。無数のカエルが水面から水草ににじり上がり、なんとも不気味だった。

もうひとつ、東吾妻町の「池の薬師水牢」は、天和元(1681)年に土砂崩れで埋没したものを昭和28年ごろに修復、整備したものだ。

同町教委の吉田智哉さんは「水牢は沼田藩東部に偏在し、沼田市内にない。信利時代の前、戦国期に既にあったともみられ、謎が多い。あくまで刑場なので池の薬師では地蔵を据えて霊を鎮めている」と語る。

夏の暑さを冷やすには絶好の場所かも…。

(前橋支局 谷内誠)

■水牢伝説と義人・杉木茂左衛門

「桃瀬の水牢」は群馬県中之条町横尾1639。「池の薬師水牢の跡」は東吾妻町新巻1083。「茂左衛門地蔵尊千日堂」はみなかみ町月夜野491、(電)0278・62・2380。いずれも見学は自由で定休はないが、千日堂には地元ボランティアのガイドがいる。

産経新聞